今回は先進国を中心とした金利と債権利回りのデータを元に、トルコリラ含む新興国通貨の状況を紐解いていきたいと思います。近々移り変わるであろう日本と米国の投資状況・金融商品の需要変化を探ります。
2016年に入ってから、トルコリラは軟調な展開が続いています。対円では円高、対ドルではドル高と先進国通貨買いに押されてリラは安値のまま推移。このまま先進国への資金流出がどこまでも続くのではないかと思わせる展開です。ただ、先進国の経済に関するデータを見ていると、そろそろ状況が変化すると推測されます。主な要因が、安全資産と言われる債権利回りの低下です。
安全資産の利回りが低下すれば、投資家はリスク資産に投資せざるを得ません。日本ではマイナス金利、米国ではドル調達コストの増加で投資先の需要が変化すると考えます。以下には、具体的なデータとグラフを交えながら、思うところを述べていきたいと思います。
国内ファンドの積極運用
先日、機関投資家の置かれた状況を端的に示すニュースを見つけました。国内の機関投資家が海外の金融商品を為替ヘッジなしで買うという内容です。以下はロイター記事からの抜粋です。
[東京 13日 ロイター] – 富国生命保険の2016年度下期の一般勘定の運用方針では、オープン外債を中心とした投資を継続する。上期に大きく増加させたが、下期も円高が急進するような場合は、積み増す。一方、日銀の新枠組み導入でも国内の低金利環境は続くとみて、日本国債は抑制を続ける。流動性を重視し、欧州債や社債には慎重姿勢を崩さない。
渡部毅彦・財務企画部長が13日、ロイターとのインタビューで述べた。
「年度当初は、ヘッジ外債も買っていたが、夏場にかけてヘッジコストが上昇すると十分なリターンが確保できなくなった。円高進行で安く米債を買えるようになり、これ以上の円高も進みにくいとみて、夏場以降はオープン外債を中心とした投資にシフトした」と渡部氏は話す。
簡単に言って、従来は保守的であった国内ファンドがリスクの選好度合いを強めるというニュースです。なぜ、わざわざ機関投資家がリスクを犯す必要があるのか?。背景には、日銀の金融緩和策で投資先を失った機関投資家の懐事情が隠れています。彼らは自らの意思とは裏腹に、必要に駆られてリスク選好を進めなければならないのです。
債権利回りマイナスでリスクオン
国内ファンドがリスクの選好度合いを強めなければならない理由のひとつが債権利回りの低下です。金融緩和の以前、国内ファンドは主に国内債権の運用で利益を上げてきました。債権と言えば、保守運用の代表格とも言える金融商品です。なにしろ、日本という国が潰れない限りはわずかながらも利子を手に入れることができるのですから。
ただ、繰り返される追加緩和でそんなことは言ってられなくなりました。以下は、国内債権10年ものの利回り推移を示すグラフです。そう、皆さんご存知のマイナス金利状態になっているのです。
債権の利回りがマイナス圏に陥っている理由は、債権価格の高騰です。金融緩和策で日銀が債権を半無限的に買い続けた結果、債権価格が高騰しました。債権の利回りというのは「利子÷債権購入価格」で計算されますから、価格が高くなるほど利回りは低下するのです。現在では、購入コストが利回りを上回り、既にトータルではマイナスとなっている状況です。
簡単に言って、国内債権はもう持っているだけで手数料を支払うような状況です。当然、儲けは出ませんから新たな投資先を探さねばなりません。株式運用、海外資産等のリスク度合いが高い商品に手を出さなくてはなったのです。冒頭のニュースは、リスク選好度合いを強めた極端な例ではあります。ただ、今後は徐々にこうした動きが増えてくるでしょう。
米国は金融引き締めでリスクオン
面白いのは、国内ファンドが海外資産の買い入れは円安要因になることです。どの程度の規模になるかは分かりませんが、海外資産を買うためには外貨が必要ですから円売り・外貨買いが進みます。トルコリラ円が好きな日本の個人投資家にとっては追い風になるニュースかも知れません。ただ、トルコリラそのものの需要とはまた異なります。メインの買い入れ対象となるのは、米国債権や米国株式でしょう。
トルコリラの本質的な需要を見測るには、金融経済の中心である米国の動向を見なければなりません。実は、日本よりも先に米国ではリスクの選好度合いが高まる出来事が起きています。ご存知、米国利上げです。以下は米国の10年債とFFレート(目標値)を示したグラフです。
マイナス金利ではありませんが、米国債もFRBの買い入れで価格が高騰=利回りが低下しています。さらに米国の場合は金融緩和が引き締め策に転じています。出口戦略として利上げが起きている訳ですね。利上げが進めば借り入れ金利も上昇しますから、借り入れ資産を運用しているヘッジファンドは利益が減るという寸法です。必然的に、リスクの選好度合いを上げなければなりません。
弊サイトで上図をご覧になった方も多いことでしょう。米国の利上げが進むほど、ヘッジファンドは利益を上げるのに苦労することになります。ただ、それゆえにリスクのある新興国投資にシフトせざるを得ない訳です。本質的には、米国投資家のリスク選好度合いが一層高まることがリラ高への必要条件となっています。
ドルインデックスのピークアウトを見る
では、米国から新興国への投資回帰はどのような時期に起きるのか。このタイミングを計るにはドルインデックスのピークアウトを見るのが良さそうです。
ドルインデックスというのは、アメリカドルが他の先進国通貨に対して相対的にどのレベルにあるのかを示した指標です。先進国通貨にはユーロや日本円などが特定の比率で混ざっています。ドルは基軸通貨なので、比較対象となる通貨が存在しません。なので、ドル以外の外貨をミックスして相対的な強さを測っています。
上記は現在のドルインデックスです。ご覧の通り、米国QEが始まってから以降、高値での推移を続けています。簡単な話、米国の金融商品を買うにはアメリカドルが必要。ゆえにドル高推移という構図です。米国債、米国株などのドル建て資産に世界の投資が集中し、ドルが買われてきた訳です。
新興国への投資回帰が起こるには、現在よりもリスク選好が進む必要があることは前述の通りです。その際、ドルインデックスはピークアウトを迎えねばなりません。ドルが高くて買えない状況=いわゆるドル調達コストの増加がなければ、米国資産に買いの余地が残るためです。
次回(もしくは次々回)の利上げにより米国債、米国株の市場が買われることでしょう。その際、ドルインデックスは一段の高値となるはずです。その後、投資家がドル調達コストの増加に耐えられなくなれば、株価と共に下落。その値動きで、米国資産が飽和するタイミングになると考えています。
トルコ政策金利の推移と動向
最後に、我らがトルコの動向を見てみましょう。テロやクーデターなど様々な困難が起きています。しかし、金融政策は変更されていません。トルコ中銀は「短期金利と長期金利の縮小」をコミットとして掲げています。
以下は、短期金利である「翌日物レポレート」と長期金利である「1週間物レポレート」の推移を示したものです。ご覧の通り、金利差はコミット通りに縮小を続けています。
中銀は現在、「翌日物レポレート」の利下げで金利差を埋めています。ちなみに政策金利は下げていません。しばしば、この点を誤解しているニュースが流れていますが、利下げしているのは政策金利ではなく、翌日物=短期金利です。トルコ中銀の政策金利は「1週間物レポレート(中期金利)」で、こちらの金利は長らく変更が加えられていません。
なお、1週間物レポレートは利上げの可能性があります。前述した通り、トルコ中銀のコミットは「短期と長期の金利差を埋めること」です。これは翌日物レポレートの金利を下げる以外に、1週間物レポレートの金利を上げることでも成し得ます。この理由から、市場参加者はトルコ中銀の利上げを期待していることも確かです。
CPIプラス圏推移の後に来る利上げ
現在のトルコはインフレが進みつつあります。この尺度を示すのがCPI(消費者物価指数)です。CPIは前回発表からの変化率で示され、プラス圏であればインフレ傾向を示します。そして、トルコのCPIが長らくプラス圏で推移していことが以下のグラフから分かります。
インフレ抑制策の基本は、金利を上げることです。そろそろ利上げによる引き締めが必要な時期が来ていることは確かです。ただ、トルコには与党が利下げを要求している背景があります。政治圧力のある中、利上げをすることは難しいでしょう。何か大義名分が必要です。
おそらく大義名分となるのが、米国の利上げです。最後にここまでの話がつながりましたね。以下にまとめます。
- 日本の投資家などが米国市場を買う。米国市場・ドルが高値推移。
- 米国利上げで低リスク資産の価格がピークアウト。
- ドル調達コストの増加で米国資産がピークアウト。
- 投資資本はリターンを求めてリスク市場へ。新興国投資への資金回帰。
- トルコ中銀利上げ?。引き締め策とリラ高でインフレ改善へ。
5.のトルコ利上げは怪しい所ですが、3.辺りまでプロセスが進めばリラ安にも歯止めが掛かることでしょう。現在は、1.の段階。2.に進むまでにどれだけリラ安ドル高が進むのか?。これが次の焦点です。