先日お届けした元トルコ中銀総裁エルデム・バシュチュ氏の後任を巡る人事問題。結果は副総裁であったムラート・チェティンカヤ氏が昇格するという形で決着が付きました。前任のエルデム・バシュチュ氏は4月19日付けで任期を満了。中銀の意向と政府の影響力という葛藤があった割には、特段の波乱もなくイベント消化となりました。
新総裁は生粋の経済学専門のキャリアを歩んできた人物。2012年からトルコ中銀の副総裁として、国の経済政策を担ってきました。もっとも、1976年生まれという年齢は、国の代表者としてはまだ若手に属する年次でしょう。若年層の多い新興国トルコならではの事情を思わせます。
若くして新総裁に就いたムラート・チェティンカヤ氏。彼を取り巻く状況はやや複雑です。今回、同氏のキャリアと評価、そして今後の政策動向について、中銀総裁としての立ち位置を考えながら語っていきたいと考えます。
新トルコ中銀総裁の経歴と人物像
はじめにムラート・チェティンカヤ氏の人物紹介から。新たにトルコ中央銀行総裁に就いた同氏について、現在分かっている情報をご紹介していきましょう。主に英国版ロイターのこちらの記事やトルコ中銀HPの総裁紹介ページを参考にしました。
- 本名:ムラート・チェティンカヤ(Murat Cetinkaya)
- 出生:1976年生まれ
- 学歴:ボアズィチ大学 社会学専攻 修士課程修了
- (現在では同大学の博士号取得活動を行っている)
- 専攻:政治学及び国際関係
- 主な経歴:
- 卒業後にアルバラカ・トルコ銀行勤務
- トルコ・ハルク銀行勤務(2003年から国際金融や投資部門のヘッドオフィサーとして)
- トルコ中央銀行副総裁(2008年ー2016年)
- 人物像:大学の指導教官からは「控えめだが断固とした人」と評される(原文:”low-key” and “determined”)
上記の内容を見る限り、中央銀行総裁の王道を歩んできたようなキャリアですね。前任のバシュチュ氏が工学専攻からの転身キャリアであったのとは対照的で、チェティンカヤ新総裁は根っからの経済学者のようです。ちなみに出身校のボアズィチ大学は結構なエリート校のようで、ダウトオール現トルコ首相をはじめ、何人かの首相経験者や財界人を輩出しています。
トルコの経済人ならではの特異な経歴は、イスラム金融に携わった経験があることでしょうか。トルコ・ハルク銀行というのがイスラム銀行のひとつで、イスラム圏ならではの存在です。イスラム教では利子を伴う金の貸し借りを禁じていること、そして金の貸し借りにもハラールに準じた信用を必要とするという、宗教上の制約が課されます。
今回の中銀総裁選任に当たって、こうした経歴が政治与党の推薦を後押ししたとの評論がロイターから出ています。
選任の背景と外部の評価
今回のチェティンカヤ氏の選任人事。実はダウトオール首相の指名から始まり、エルドアン大統領の承認まで貰っています。これだけ考えると政府サイドの人物かと思われがちです。しかし、副総裁職からの昇格人事であることを考えれば中銀の意向も組まれた結果であると考えて良いでしょう。米FRBのイェレン議長もそうであるように、副総裁からの昇格人事は先進国の中央銀行でもよくある話です。
今回の選任で懸念されたであろう課題のひとつは、適当な人物がおらず、中銀と政府で意見が割れることであったでしょう。この点、チェティンカヤ氏は政府の主要人物の目に適う格好の人物でした。少し事情を説明しましょう。ここからは管理人の主観を交えます。
新総裁を取り巻く人物と評価
まず、ダウトオール首相です。チェティンカヤ氏を総裁に指名した首相は、伝統的金融政策のポリシーを持つ人物です。伝統的金融政策というのは、昨今流行の量的金融緩和と対をなす言葉で、要は利上げ・利下げで経済をコントロールする方法論です。この点、あまりドラスティックな改革を望んでおらず、利上げ派であったバシュチュ前総裁の方針を踏襲する人物が好ましかったと考えます。
一方で、皆さんご存知のエルドアン大統領は根っからの利下げ・金融緩和派です。大統領にとって、今回の人事に賛成も反対もないでしょう。単に緩和路線を実行してくれる人物であれば好ましいはず、というだけです。
ただ、大統領は敬虔なイスラム教徒です(もしかしたら、この辺が高金利嫌い発言に繋がっているのかも知れません)。この点がチェティンカヤ氏が大統領の承認を得た理由との評論が出る理由です。
前述の通り、チェティンカヤ新総裁はイスラム金融に携わった経験があります。要は、伝統的金融政策と特異なイスラム金融という両分野の政策を打つことができる訳です。現状の金融政策に不満のある大統領も、イスラム金融の分野で説得されれば納得するかも知れない。これを根拠に、一部のアナリストはチェティンカヤ氏の経歴をエルドアン大統領に打ってつけだと評しています。
ダウトオール首相とエルドアン大統領の間で金融政策に関する信義が異なることは歴然としています。両者の方針の食い違いがある中で、中央銀行として適切な経済政策を反映させること。これがチェティンカヤ新総裁に求められる重要な役割でしょうか。「控えめだが断固とした」性格が良い方向に働くことを願っています。
市場動向と金融政策
これら一連の記事が海外版ロイターに流れ始めたのがバシュチュ前総裁の任期満了に合わせた4月19日前後でしょうか。大統領の署名も滞りなく済み、翌20日には新総裁として中銀発表を行ったようです。
市場参加者の反応としては、総裁人事に悲観するでもなく、トルコリラはやや買われていた状況でした。ひとまずはイベント消化で安堵感が広がったと見るべきでしょうか。中銀発表では先月と同じくして翌日物金利が再度引き下げられましたが、これに対してもネガティブな反応は出ていません。
気になる今後の金融政策ですが、現段階の材料を見る限り、既定路線を踏襲すると見てよいでしょう。前回のコラムでも書きましたが、トルコ中銀は翌日物金利(短期金利)は引き下げる方針。インフレ圧力がやや和らいでいます。一方の市場参加者は政策金利(中長期金利)の引き上げを期待しているという状況です。
個人的に新たな中央銀行に期待していることは、原油安・資源安によるインフレ率低下を好機に変えていくことです。現在、通貨リラはかなりの安値にありますが、輸入資源の低下によってインフレ抑制されている状況です。この辺りで通貨レートを引き上げれば、経済の成長に拍車がかかると思うのですがどうでしょうか。新総裁には市場との対話もうまく進めてくれることを期待します。
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