去る2016年5月5日。トルコのダウトオール首相が辞任を表明しました。理由として、大統領権限の強化を図るエルドアン大統領との間に確執があったとニュースでは報じられています。実際の所は、両者の属するAKP党内で政策に対する意見が割れていたことが背景にあったようです。
辞任表明の事態を受けて、トルコリラは対ドルで1.8%の下落。トルコの政治安定性が問われる事態となりました。正しくは、辞任表明の前日に両氏の会談が設けられた時点で売りの思惑が始まっていたようです。
今回は、一連の経緯と今後の政治動向について語っていきたいと思います。
ダウトオール首相辞任の経緯
ダウトオール首相は辞任の理由として、エルドアン大統領との政策の食い違いを挙げています。同大統領は大統領権限の強化を図ると表明していて、実際、各方面に働きかけていたことが報じられています。ダウトオール首相は、この方針に異を掲げ首相を辞任。両者の属するAKP党内では意見の集約を図っていたようですが、首相本人が党首続投を希望しないことを理由に辞任表明となりました。
辞任劇の前振りとしては、既に4月28日の時点でダウトオール首相から党内分裂を匂わせる発言が出されていました。その後、5月4日にエルドアン大統領とダウトオール首相の二人で、1時間半に及ぶ会談が設けられる事態に発展。しかし、直接対談を通じても両者の溝は埋まらずに、会談は決裂。これが決定打となったようで、翌5月5日に辞任表明のスピーチを行っています。
誤解のないように補足しておくと、エルドアン大統領にはダウトオール首相を辞めさせる意図はなかったようです。主観的な解釈が加わりますが、この点が英国版ロイターにも報じられています。付け加えるならば、大統領の権限強化はエルドアン大統領就任時からの既定路線です。ダウトオール首相が首相に就任した時点で既に明らかな政策であり、反対意見を述べながらも首相指名を受けています。実際、首相と大統領の間で個人的な諍いが報じられたことがありません。
今回の一件に関して、首相のスピーチと事情背景を読み解く限りは、大統領圧力に屈したのではなく、後述するAKP党内の分裂状況を見て主体的に続投を拒否した結果であると考えます。
為替レートの一連の値動き
上記の一連のニュースに反応する形で、トルコリラの通貨レートも大きく変動しました。以下は、直近のドルトルコリラの為替チャートです。一連の流れを書き込んでみました。
しばらくリラ買いの値動きが続いていたにも関わらず、4月後半の時点で高値を更新しない、先行きの怪しい値動きとなっていました。鼻の利くトレーダーが政治情勢のニュースから察して、様子見に転じたのでしょう。ダウトオール首相が反エルドアン姿勢をほのめかす発言をした頃と一致しています。
決定打となったのが5月4日の会談決裂です。このニュースが報じられた時点でパニック売りが相次ぎました。ニュースで首相辞任を確信した参加者の初動売りが、次から次へと売りを呼び込んだ形です。おそらくこの時点では、筆者を含めて事態を把握できていない参加者の方が多かったことでしょう。まだ、一部のメディアでしか、事の深刻さを報じていない状況でした。
日本を含めて明確なニュースが流れたのが5月5日です。ダウトオール首相辞任の報が各メディアに流れました。このニュースを受けて、トルコリラはむしろ買いの値動きがありました。事情を把握した反トレンド派が事実による買い、もしくは買い戻しを行ったのでしょう(バイ・ザ・ファクト)。
トルコ今後の政治情勢
今後の政治情勢・政治的安定性について考えていきましょう。国内基盤と外交関係に分けて考えていきます。
EUとの外交問題
直近で問題視されているのが、シリア難民受け入れを巡るEUからの要求です。トルコはEUからのシリア難民の受け入れを合意した訳ですが、この交渉役であったのがダウトオール首相でした。首相の辞任に伴って合意破棄を懸念したEUサイドから、今後とも難民を受け入れるよう、要請が出されています。
この点に関して、トルコとしては対ロ関係の悪化もあって、EUやNATO加盟国との関係まで悪化させることはないでしょう。実際、エルドアン大統領が早速EUに出向いて演説を行っています。外交上の問題は軽微であろうと考えます。
そもそもが、トルコというのは古くから文化の異なる国に囲まれ、切った張ったの交渉を続けてきた国家です。近代では戦争に滅法弱いのですが、負け戦を交渉でカバーする術を持っています。外交問題に関しては致命傷を負わないものと考えます。
国内の政治問題
問題となるのは、今後のトルコ国内での政治的安定性でしょうか。まあ、今回の首相辞任は党内の人事ですので、国民選挙のような大規模な事態には発展しません。AKP党内での調整が行われれば次期党首が決まり、その党首が首相に選任されるものと考えます。短期的には、一過性の政治問題で片づいてしまいそうです。
長期的に問題となるのが、AKP党が二つに割れている状況です。同党は世俗主義とイスラム主義という矛盾する派閥を抱えています。
AKP党というのは、そもそも設立段階でイスラム主義から始まった政党です。エルドアン大統領および側近が信望する政策もイスラム主義に乗っ取っています。ただ、トルコの近代化に伴って、欧米的、自由主義的な思想が広がってきました。世俗主義です。トルコ第一党のAKP党内でも、保守派とリベラル派という相反する派閥を抱えている訳です。
ダウトオール首相は辞任に先立って、AKP党が世俗主義を継続していくことを表明しました。裏を返せば、同首相の発言は党内の意見が割れていることを暗に示していて、党内の結束を促す発言であった訳です。党内の意見が割れる事態となった背景は、イスラム主義派の大統領権限強化に対して世俗主義派が反対意見を示したことにまで遡ります。
イスラム主義と世俗主義の対立。今回の辞任劇では、この対立がそのまま大統領と首相の対立という形になって顕在化しました。矛盾を抱えたままのAKP党において、今後も大統領と現役閣僚の溝が深まっていけば、長らく政治的な混乱を招く事態が懸念されます。
ニュースソースを考える
最後に今回の一件について反省を少々。5月4日の時点でトルコリラは大幅に下落し、twitter上でも状況把握が追いつかない参加者の声が相次いでいました。管理人もてっきりヘッジファンドが5月売りした結果だと思っていたのですが、これは誤報と勘違いでありました。申し訳ありません。
一方では、将来のアドリブあるトレードを行うために、本記事にて一連の流れをおさらいしてみた次第です。やはり根幹にあるのは、一般トレーダーが為替や政治のニュースに疎いという弱点ですね。情報量では、やはりプロには叶いません。管理人も普段は通勤時間を使ってニュースを読む習慣があるのですが、GWということだけあって怠けておりました。
トルコリラ相場に関するニュースに関して思うことは、一般メディアではやっぱり海外サイトが強いことです。日本のメディアサイトでは、首相辞任の事情を報じたのがトルコリラ暴落が終わった5月5日のニュース。FX口座のニュースに至っては、暴落の報すら流れない状況でした。唯一、暴落の前兆からトルコ政治に関する詳細なニュースを流していたのが英国版ロイターです。今回の記事も、主に同サイトを参照して書きました。
管理人の側に改善の余地があるとすれば、この手の情報は自分から取りに行かねばならない億劫さがあることでしょうか。可能であれば、twitterTLのような形にして、流し読みしていればニュースが手に入る環境を構築できればと考えています。ここら辺が今後の研究課題ですね。ご参考までに。
※本記事には、筆者の主観および不確定要素を含む内容が含まれます。解釈に当たっては、読者の方の責任が伴うことをご理解ください。