今回は、政策金利の引き下げでマイナー通貨買いとなるシナリオを解説しようと思います。従来のFXの常識となる利下げで通貨売りの因果関係から、緩和路線で成長期待に転換する事情を分析します。
先日、新興国通貨の取引材料として、面白いニュースが流れました。インドが緊急利下げを発表したのです。何が面白いかというと、市場が利下げに対してルピー買いで反応したことです。普通、利下げというと受け取りスワップが低下しますから、通貨安となりそうなものです。しかし、インドの場合は事情が異なりました。
今回は、インドの事例を踏まえ、トルコ含む新興国で以後続くであろう利下げの為替シナリオを分析していきます。これまで投稿してきたコラムをいくつか振り返り、マイナー通貨買い見通しの一貫性についても主張したいと思います。
インド利下げでルピー買いの謎
先日2015年1月15日。インド中銀が緊急会合を開催しました。その後に発表されたのは、なんとサプライズとなる政策金利の引き下げ。わずか0.25%ではありますが、従来の8.00%から7.75%へ政策金利を引き下げる内容を発表しました。
ポイントとなるのは、上記の為替ニュースを受けてルピー買いとなったこと。以下は、政策金利発表後のFXチャート(USDINR)です。
ご覧の通り、政策金利のファンダメンタルファクターによって、市場はルピー買いへと傾きました。ロンドン市場での出来事です。欧州のトレーダー達は、何を考え、なぜルピー買いとなったのでしょう。
マイナー通貨と言えば、その金利の高さから生じる受け取り利子(いわゆるスワップポイント)がFX市場のテーマです。利上げ局面ではスワップポイント上昇の魅力により通貨買い。利下げイベントでは通貨売り。この値動きが、マイナー通貨を扱うFXの常識と考えられている訳です。ただ、これは果たして常識と呼ぶに相応しい事柄でしょうか。
冒頭のインド利下げの例では、従来の常識とは真逆の値動きとなりました。利下げによるマイナー通貨買い。この因果関係を管理人なりに解釈しました。以下に説明を加えていきましょう。
通貨防衛と新興国の金利引き上げ
2008年からFXでは一つのトレンドが継続しています。リスク回避による市場のマイナー通貨離れです。2008年といえばリーマンショックの年です。金融危機以降、投資の世界ではいかにリスクを減らすかが市場のテーマとなってきました。リスクの高い新興国通貨は売られて売られて売られまくった訳です。結果起きたのが、世界的な新興国の通貨安です。
元来、新興国というのは先進国からの投資によって為替レートを維持しています。成長性が限られた先進国への投資では利益が少ないため、成長期待の大きい新興国が投資先として選ばれていたのです。海外から新興国に投資が集まると、需要の高まった新興国通貨はレートが上がります。これにより、新興国は通貨安を抑えてきた歴史があります。
ところが、リーマンショック後のリスクオフ相場から、さらに新興国売りを加速させる出来事が起きました。アメリカの量的金融緩和の実施です。量的金融緩和の実施によって、アメリカの成長期待が高まりました。想定されたのは、主に株高。世界の投資資本がアメリカに集まりました。
これを受けて、新興国の通貨は軒並み下落を加速。新興国に投資されていた資本が米国に引き揚げられていったのです。売りが売りを呼び、新興国通貨は軒並み史上最安値を付けるという事態が生じました。2013年初頭の出来事でした。
参考記事:米量的金融緩和とトルコリラ安の関係
利上げによる通貨防衛
前述の通貨安を受けて、新興国も手をこまねいていた訳ではありません。各国の中央銀行は利上げによる通貨防衛に取りかかります。市場に出回る自国通貨の流動性を減らし、プレミアを上げる作戦です。いわゆる金融引き締め策です。
この金融政策が効を奏し、各国の通貨安は一旦は下げ止まりました。その後もいくつかの新興国で安値を付ける展開や破綻した国があったものの、新興国の中でも先進国よりの国(トルコやインド、南アフリカなど)ではなんとか通貨レートを維持する状況が続いています。
加えて、欧州と日本の金融緩和策で、両国が通貨安を誘導している事情もプラスに働き始めました。米国の金融緩和策はドル高となりましたが、ECB(欧州中央銀行)と日銀の政策は、自国の通貨安を導くことが目的です。相対的に、新興国通貨のインフレ懸念が後退してきています。
参考記事:日米欧の金融緩和策とマイナー通貨の見通し
引き締め策から成長期待へ
話をインドに戻しましょう。インドではリーマンショック後の痛手を徐々に回復し、国内経済の成長にテーマが戻ってきました。GDP成長率が5%で底を打ち、2014年に上向きに転換したのです。こうなると、従来続けてきた金融引き締め策のデメリットがクローズアップされます。
金融引き締め策は、市場に出回る通貨の流動性を抑制し、希少価値を与えます。物品の価値と比較して、通貨の価値を上げ、インフレを抑制する訳です。しかし、同時にデメリットももたらします。国内の経済成長を抑制してしまうことです。出回る通貨が少ないものですから、銀行は利子を高めに設定します。いわゆる貸し渋りを行う訳です。これでは企業が設備に投資しようにも、支払い利子の負担が増えて、難しい状況に陥ります。
インドのような新興国は、先進国へのキャッチアップを計ることを経済の至上命題に据えています。インフレリスクが後退した現在、再び、経済の活性化を計る必要が出てきたのでしょう。冒頭に書いた通り、インド中銀は利下げを計りました。通貨防衛のための金融引き締め策から、経済成長のための緩和策への方向転換という訳です。
以上が管理人の考えるインド利下げの真相です。これはあながち当てずっぽうでもなく、トルコでも同様の出来事がありました。トルコ中銀バシュチュ首相がインフレリスクの低下で利下げを臭わせ始めたのです。ブラジルや南アフリカでも利下げ観測が出始めています。今後、インドに引き続き、徐々に新興国は利下げを開始することでしょう。
参考記事:インフレ解消~利下げ観測に関する一考察
緩和路線でマイナー通貨高のシナリオ
最後に、利下げによってインドルピーが買われた背景について考察を加えたいと思います。お気づきの方もいらっしゃると思いますが、ルピー買いの理由はインドへの成長期待でしょう。GDP成長率が上向きになり、利下げによる経済成長への期待が高まったことで、再び投資先としての魅力が高まってきたのでしょう。
さらに踏み込んで考えると、先進国の株式市場が飽和しつつあるという事情もありそうです。日本のアベノミクス相場に代表されるように、米国、欧州、日本と3大経済大国の株式は一昨年から高値を維持しています。それが高値を付けるに付け、段々と将来の利益に対する魅力が薄れてきました。株価が頭打ちであるとは言いませんが、現在の株価水準から参入しても利益が目減りしている状況に変わりはありません。
米国の利上げが差し迫っている点もポイントです。ヘッジファンドのような資金を銀行から借り入れて運用する投資家にとっては、金利の上昇がそのまま支払いの増加に繋がります。そのため、さらに利益の高い投資先を探さざるを得ません。その向け先が新興国投資という訳です。
参考記事:金利上昇で新興国投資をするファンドの事情
米国はもとより、日本でもいずれ利上げが行われます。今ではきっと、各国の投資機関も新興国投資を模索している段階でしょう。日本株の買い手としてクローズアップされてきたGPIF(年金運用独立法人)も、新興国投資へポートフォリオを振り向けています。再び新興国投資の魅力が語られる日は近いことでしょう。
インドに引き続き、トルコ、ブラジル、南アフリカなどの新興国が近い将来、利下げによって緩和路線へ転換していくことでしょう。インドルピーの例と同じくして、各国のマイナー通貨買いが今後進んでいくのでしょうか。今年2015年のFXは、新興国マイナー通貨買いが非常に面白そうです。
参考記事:マイナー通貨とトルコリラ